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GO BEYOND な

伊藤みき(イトウミキ)

モーグルスキーヤー

苦しい時間を糧にして高く美しく
ベストパフォーマンスで魅せる

モーグル競技は、崖のような斜度の雪面を滑走し、スピードとターンやエアーの難易度や美しさを競い合う競技です。スキー場の斜面に作るので、毎回コースは斜度も違えば、長さも違い、雪質や天候にも影響される過酷な競技です。

モーグル競技は、モーグルとデュアルモーグルがあります。オリンピック競技になっているモーグルは一人ずつ滑走しジャッジが採点し順位がつきます。デュアルモーグル種目は、二人が同時に滑走しトータルでどちらが良かったかをジャッジに評価され、トーナメント方式で勝ち上がっていくものになります。

私はスキー好きな高校体育教師のである両親の影響で、3歳からスキーを始めました。2歳年上の姉とともに、数多くの草大会に出場しモーグルの楽しさを知ると共に大会の緊張感が大好きになりました。滋賀県というあまりスキー場が多くない場所のハンデはありましたが、いつも父の運転で色々なスキー場に連れて行ってもらい、リフト営業の始まりから終わりまでひたすら滑っていました。どんな雪質、どんな斜度でも自信を持って滑れるのは、この頃から色々な斜面で滑ってきた経験があるからだと思っています。我が家は家族全員がスキーをしていたので、家庭内の話題はいつもスキー中心でした。現在も家族みんなが仲良くいられるのはスキーというスポーツが根底にあるからだと考えています。

幼少のから大会に出場することが大好きでした。大会になるとワクワクがとまらず、大会の独特な緊張感や興奮を味わいたくて、親に頼んでとにかく多くの試合に出場させてもらいました。現在もこの試合への出場が生きる糧になっているとさえ感じます。

我が家は3人姉妹で2つ上の姉だけでなく、6つ下の妹も一緒にモーグルをしていたので、私たち姉妹だけで多くの練習や大会にも出場させてもらいました。私たちは本当に多くの人に支えてもらって幼いころから今日にいたるまで競技を続ける事が出来ていると感じています。幼い頃は、オリンピックに出たいという目標を明確に抱いていた一方、負けてばかりいた姉を必死に追い越そうと努力し続けた時期でもありました。そして、二人の姉たちの姿を真似して必死に追い越そうとする妹にも刺激を受けました。今の私がいるのは、共に切磋琢磨し戦ってくれた姉妹が共に戦ってきてくれたおかげだと感じています。

2016年2月
全日本選手権大会 モーグル 優勝
2016年12月
ワールドカップRuka大会 12位
2017年2月
冬季アジア大会
モーグル 銅メダル
デュアルモーグル 銅メダル
2017年12月
ワールドカップThaiwoo大会 12位
2018年1月
ワールドカップDeer Valley大会 13位

現状維持は退化を意味する 窮地を耐え抜き飛躍する

初めて海外の試合に行ったのは中学3年生の15歳の時でした。長時間の移動疲れと、文化や食生活の違いに戸惑いながらも、海外で試合に出るワクワク感でいっぱいだったことを覚えています。その頃に同年代で最も強かったアメリカのハナ・カーニー選手は、後のバンクーバーオリンピックで金メダリストとなりました。私にとって最も近くで自分を超え続けたと思える選手でもあります。当時は「どうしたら彼女のようになれるのか、自分の可能性をひろげたい」その一心で、トレーニングに打ち込みました。

長く競技をやらせてもらっているなかで、実感することが二つあります。それは必死で、辛くてたまらなくて、もうだめだ、ととにかく踏ん張っている時は、実はとても良い時間で、人間的な成長をしている時間だということ。そして、もう一つは、現状意地でいいからとにかく今を磨こうとしている時は、本当は自分の目標からどんどん後退している時間だということです。

どんなときも、どうにか現状を打開するために動き続けているときは、どんなに時間がかかっても必ずその気持ちはどんな形であれ、自分に返ってくると感じました。これは、本を読んだり、勉強したりしても分かることなのですが、実生活で実践し続けることは、本当に難しいことだと実感しています。過去の自分をどんな形であれ、超えたい、超えようと取り組み続けることは、競技はもちろん人生も豊かにしてくれると感じています。私が、なぜまだ競技を辞めないでいるのかを考えた時、「自分を超えたい」という気持ちが一番にあるからだと分かりました。そして、その気持ちが思考を変え、行動を変えていくということも実感しています。どんな世界でも、そのなかの最高峰でそう取り組むことは非常に価値のあることです。スポーツを通して自分自身を磨き続けること、それが私の人生においての最も大きな目標だと思っています。

「負の思い」から解放され前へワールドカップの表彰台を再び目指す

2009年の世界選手権、2013年の世界選手権でメダルを獲得し、2013年のワールドカップでは念願だったワールドカップでの優勝も経験しました。その時の目標は、「勝ち続ける事」でした。

しかし、2014年のシーズンで怪我をしてしまい、ソチオリンピックでも滑ることが出来ず、手術、リハビリを経験し、それ以降、「いったいどこに目標をおいて取り組めばいいか」と目標を見失っている状態で競技を続けてきました。一生懸命取り組んでいるつもりでも、空虚感が抜けず、必死で練習すればするほど、何に向かって進んでいるかを明確にすることから逃げているような気さえして、文字通り、必死でスキーに乗り続ける日々が続きました。そんな状況の中で、ついにピョンチャンオリンピックの出場権さえ逃してしまいました。

「怪我」、「ソチオリンピック棄権」、「手術」、「リハビリ」、そして「ピョンチャンオリンピック落選」という、出来ることなら経験したくもない最悪な状況の中で、自分自身と向かい合い「なぜスキーをし続けるのか」について考えました。そしてたどり着いた答えは「もう一度ワールドカップで表彰台に乗りたい」ということでした。

ワールドカップは世界中から強い選手が集まってくる最も熱い戦いの場であり、そんな世界最高峰の戦いの舞台で自分の力を試し、最大限のパフォーマンスで表彰台に上がるということはモーグル選手としても冥利に尽きます。私を突き動かす原動力は「あの舞台にもう一度立ちたい」という思いだったのです。「出来ないかもしれない」「怖い」という自分で作ってしまった負の思いからようやく解放され、本当に自分がしたいことと向き合ったら、明確な目的に気づくことが出来ました。苦しい状況に身を寄せたからこそ気づくことのできたのだと思います。今はどんなに苦しくても、スキーから降りないという決断をし続けたこの何年間かの自分の意思を繋げ、過去の自分を裏切ることのないようにしたいと思っています。

毎年何試合もあるワールドカップに15年間出続け、悔しい思いや嬉しい思いをしながら成長を繰り返してきましたが、2018年の春はナショナルチームから外れてしまったため、これまで当たり前のように出場を続けていたワールドカップの出場権を逃してしまいました。しかし、今の私はただ悔しいという思いで終わるのではなく「もう一度!」という強いマインドでこの状況に向き合っています。今自分が出来ることを積み重ねて、ワールドカップの出場権をもう一度獲得し、過去の自分の一番良いスキーを自分自身で塗り替え続けて行きたいです。

GO-BEYONDER No.170

モーグルスキーヤー

伊藤みき

1987年7月20日、滋賀県日野町出身のフリースタイルモーグルのスキー選手。競技歴24年。高校の体育教師であった両親のもと幼少期から2歳上の姉と6歳下の妹の3姉妹でスキーに打ち込み頭角を現す。2006年トリノ、2010年バンクーバー、2014年ソチ五輪に日本代表として出場している。2014年以降怪我に苦しむことになったが、過去最高のパフォーマンスを追求し世界で転戦を続けている。

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